高慣性モーメント時代の幕開けを懐かしむ 一周回って考える進化の方向性
長年、雑誌企画を作るための資料として、所有してきた古いクラブを整理していきながら、処分品を題材にコラムを記していく本連載。第3回は、現在の高慣性モーメント“10K”ヘッド時代への礎となった「デカヘッド黎明期」の話を書いてみたい。
冒頭の写真はキャロウェイゴルフの「BB-2 PROTOTYPE」。我がコレクションの中でもかなりレアで、一般には知られていないメタルヘッドといえる。「BB」とは「Big Bertha(ビッグバーサ)」の頭文字で、1991年に登場した「ビッグバーサメタル」の開発中に作られた試作品の2号がこのヘッド。発売された「ビッグバーサメタル」と並べると、まだまだ小さいヘッドであることが分かる。
時は80年代の終わり。ウェッジ、アイアンの開発において貫通ホーゼルを用いて、シャフトをヘッド内接着すれば、長いネックは必要ない。そのことに気づいた開発総責任者のリチャード C・ヘルムステッター氏(以下 ディックさん)は、ステンレスメタルでも同様の設計思想で、本格的な開発をスタートさせる。以下、筆者がディックさんから聞いた回想だ。
「ヘッドの中でシャフトを接着すれば、長いホーゼル(ネック)は必要ない。でしょ? キャロウェイゴルフのS2H2理論はそれが始まりです。最初はウェッジでした。次はアイアン。そして、メタルウッドになった時にちょっと困ってしまったんです。メタルのネックを切っただけではヘッドが軽くなってしまうだけ。でしょ? でも、余った重さをどうヘッドに戻せばいいのか? 分からなかったんですよ」
ディックさんはカリフォルニア大学サンディエゴ校の物理学博士を訪ね、ネック分の重さの使い方について相談をする。そのときに教授の口から出たワードが“慣性モーメント”だった。
「当時はさ、設計と言っても鉛筆の先でヘッドのバランスポイント(重心)を探ってみるとか、そんな時代ですよ。でも、教授は言ったんです。ヘッドを大きくすれば慣性モーメントが大きくなる。慣性モーメントが大きくなればドライバーがやさしくなる、と」
今でこそ“慣性モーメント”という言葉が一般化し、ヘッド設計の定石となっているが、35年前にそんなことを言っているメーカーはほとんどいなかった。唯一ピンのカーステン・ソルハイム氏が「HEEL-TOE BALANCE」という呼び方で、キャビティバックデザイン(周辺重量配分)の優位性を説いた。ピンは、1959年の創業時から同様の設計思想で業界に参入しており、その先見の明たるや群を抜いていた。全てのメーカーが高慣性モーメントデザインを主軸に開発を行っている現在、その設計思想のパイオニアであるピンが大躍進しているのもうなずける。何事もブレずにやり通すことが成功の道だ。
そんなピンでも当時先頭を走っていたのはパター、アイアンでの世界。高慣性モーメントドライバーとなれば、パイオニアは断然キャロウェイゴルフということになる。シャフトのヘッド内接着(S2H2理論)で特許を取得した同社には、常にネック分の重さ(約25g)が設計自由度という形で与えられていたからだ。
設計的には振りやすさを考慮し、200gを超えない範囲の重さという目安があるドライバーヘッドの開発。そのなかでキャロウェイゴルフだけが、ネック分の自由を活かしてヘッド重量をキープしたまま、200ccに迫る大型化にいち早く成功した。「ビッグバーサメタル(190cc)」、「グレートビッグバーサチタン(250cc)」の爆発的ヒットで開発競争の先頭に立ったのだ。
ステンレスメタルからチタン、チタンからカーボンへとヘッド素材が移行していっても、ネック分の優位性がキャロウェイゴルフの手元にはあった。実際、フリーウエート(余剰重量)を活かして、キャロウェイゴルフは90年代~2000年までドライバーの開発競争に完全に勝利。大型化だけでなく、ポイントウエーティングによる重心設計を進め、ゴルファーごとの最適ヘッドの提案を始めている。カーボンボディヘッドの開発に突き進んだのもさらなるフリーウエートを得るためだ。
「でも、余った重さをどうヘッドに戻せばいいのか? 分からなかったんですよ」
ディックさんが余ってしまったウエートを見ながら考え込んでしまった日から35年。ドライバーヘッドは460ccまで大きくなり、それでもなお20gを超えるフリーウエートがエンジニアの手元に残る超軽量・薄肉ボディの時代となった。今はどのメーカーもコンセプトは同じ。だからこそ、始まりはキャロウェイゴルフだったことを記しておきたかった。(高梨祥明)

高梨祥明(たかなし・よしあき) プロフィール
20有余年ゴルフ雑誌のギア担当として、国内外問わずギア取材を精力的に行い、2013年に独立。独自の視点で探求するギアに対する見解は、多くのゴルファーを魅了する。現在は執筆活動のほかマイブランド「CLUBER BASE(クラバーベース)」を立ち上げ、関連グッズの企画や販売も行う。