なぜメタルはパーシモンより飛んだのか? 一周回って考えるクラブの進化/ギアを愉しむ。
長年、雑誌企画を作るための資料として、所有してきた古いクラブを整理することにした。この機会に、目についたクラブを題材にコラムを書いていこうと思う。その第1回として、テーラーメイドのメタルウッドを挙げたい。撮影後は、ブランド愛に溢れる現テーラーメイドスタッフのひとりに差し上げようと思っている。
パーシモン(木材)→メタル(ステンレス)→チタン→カーボン→複合と変遷してきたドライバーの歴史。1980年代初めに、メタル時代の到来を決定づけたのは、テーラーメイド「ツアープリファードメタル」だった。PGAツアーのスター選手がこぞってパーシモンから同社メタルに移行した。
金属のほうが木材より硬いため、ボール初速が上がって飛距離が出る。誰もがそう思っていたし、そのことに誰も疑っていなかった。だが、当時のヘッド体積170cc前後の初期メタルでは、素材の変化による初速向上は、ほとんどなかったといえる。当時のヘッド内部にはウレタンフォームが充填され、フェースも分厚く大きくたわむ形状ではなかった。重量(バランス)をパーシモンにそろえるには、体積を大きくできなかったため、初速スピードが増して飛距離が伸びる要素はほぼ皆無。では、なぜ当時のプレーヤーはメタルドライバーにスイッチしたことで、飛距離アップを果たすことができたのか?
その答えは、プレーヤーそれぞれが適正な弾道で、効率よくボールを飛ばすための打ち出し角とバックスピン量を手に入れたから。同社の創始者ゲーリー・アダムスの画期的なアイデアは、新素材を採用したことではなく、理想の弾道を手軽に選択できる環境を作ったことだった。
理想弾道を手軽に選択できる――。具体的には、ソールにロフト角を表記するということ。それまでのパーシモンは「1」「3」と番手表記だけで、ロフト表記は一般的ではなかった。木製ヘッドはハンドメイドで作られていたため、同じモデルや番手でも、ロフト角が違っていて当然。ソールに表記するとすれば、一つひとつを計測し、実際の細かな数字を並べるほかなかったのである。
パーシモンは天然素材であるがゆえに、必ずモデルごとに個体差が生じ、それをハンドメイドで作ることでさらなる微差を生んでいた。ピンやウイルソンといった当時の先進ブランドが、パーシモンではなくラミネートウッド(合板)に注目したのも、無垢の木材より断然品質が安定するからであった。テーラーメイド創設者のアダムスもまたステンレスでヘッドを作れば、精密に同じものを量産できると考えたのである。
プレーヤー側の立場で考えると、ロフト角が表記されたことで、いい弾道が出るスペックを初めて把握することができた。店頭で試打して良かったモデルを、同じ数字で手に入れることができる。いまでは当たり前となっているクラブの買い方も、当時にしてみれば革新的であり、メタルが誕生した最も大きな意義といえる。
テイラード・トラジェクトリー(理想弾道を仕立てる)を実現するために、同社はステンレス鋳造の精度とロフト表記による適正スペックの“見える化”を生んだ。それによって当時のプレーヤーに、大幅な飛距離アップと安定弾道をもたらしたのだ。
新たなテクノロジーが発売されるたびに、我々はすぐに素材革命! 飛距離を伸ばす夢の素材! と騒ぎ立ててしまう。が、実際のところ、素材自体にボールを遠くへ飛ばすほどの能力は持ち合わせていない。正確には、素材を用いることで重心や肉厚設計が変わり、結果的にボール初速・打ち出し角・バックスピンが適正に近づく。だからこそ飛距離が、場合よっては伸びるというのが正しい見解なのだ。
体積460ccの大型ヘッドが主流のいま、170cc前後の小さなメタルウッドは、もはや過去の遺物。ただ、注目してほしいのは素材ではなく、素材を使えばもっと精密にヘッドが量産でき、ロフト角を明記すれば各プレーヤーを理想弾道に導けると考えた先人の聡明さ。テイラード・トラジェクトリーは、いまなおブランドの開発コンセプトであり、新たな素材革命もその実現のための一歩に過ぎない。(高梨祥明)

高梨祥明(たかなし・よしあき) プロフィール
20有余年ゴルフ雑誌のギア担当として、国内外問わずギア取材を精力的に行い、2013年に独立。独自の視点で探求するギアに対する見解は、多くのゴルファーを魅了する。現在は執筆活動のほかマイブランド「CLUBER BASE(クラバーベース)」を立ち上げ、関連グッズの企画や販売も行う。