松山英樹、渋野日向子の“勝負球” そのルーツを探る/大人の社会科見学 「ダンロップボール工場」丹波市市島
スリクソン(ダンロップ)のボールが、どこでどのように作られているかをご存じの方は、どれぐらいいるだろうか。ゴムや原材料などは一部輸入しているものの、国内で開発、生産され、そして国内外に出荷されているのだ。恒例の大人の社会科見学シリーズ、今回はそんなダンロップが誇るボール工場を訪れ、松山英樹や渋野日向子が使うZ-STARシリーズ開発の裏側を探った。(取材・構成/服部謙二郎)
まさに牧歌的な雰囲気が広がる市島工場「メェ~♪」
ダンロップのボール工場は、兵庫県丹波市の市島町にある。元々ボールの開発拠点は同社本社のある神戸市三宮(厳密には三宮となりの春日野道駅)にあったが、阪神・淡路大震災を機に、市島に全面的に拠点を移した。市島は兵庫県内といっても京都府にほど近く、京都から通勤する社員も多いと聞く。
取材班は、4月の某日、その市島を訪れた。三宮から神戸トンネルを抜け、車を走らせること1時間。畑にヤギがいるような牧歌的な雰囲気が広がったころに、突如ネットに囲われたフィールドと大きな建物が現れた。
「ここは桜の時期、すごくきれいなんですよ」という話を聞きながら、すでに葉が生い茂った桜並木のアプローチを進んでいく。工場の規模は182,000㎡とデカい。併設のテストセンターは縦400yd、幅75ydあり、対面で打つことができる。風の状況によって打ち分けているそうだ(基本的にアゲンスト条件下でテストをすることが多い)。
市島工場では、「Z-STAR(以下スター)」や「Z-STAR XV(以下XV)」、「Z-STAR ◆DIAMOND(以下ダイヤ)」といったウレタンボールだけでなく、「ゼクシオ」などディスタンス系のボール、そしてレンジボールも生産している。
工場を案内してくれたのは神野一也(かみの・かずや)さん。2014年からスリクソンのボールと関わってきた開発の中心メンバーだ。松山英樹とのやり取りも長く、トッププロの深いこだわりをくみ取り、そのエッセンスをボール開発に加えてきた。
「工場内を全部お見せできればいいんですけどね。そうでない部分がいくつかありますので」。神野さんはそう言って、工場の入り口で安全用の帽子を渡してきた。ボールというものは“特許の塊”とも言われるもの。それこそディンプルの数や形、カバー層の仕組みなど、メーカー各社は「飛んで止まるボール」という究極を求め、特許合戦が繰り広げられている。この手の工場見学で、ボール工場ほど管理の厳しいものはない。工場内の撮影も当然限定的なものにはなった。
まずは「コア」の作り方のお勉強
最初に案内されたのは、合成ゴムや樹脂に原材料を混ぜる工程。「ピュアなゴムは架橋剤などの薬品や充填剤などを混ぜることで、弾力性や反発、そして耐久性を上げています。薬品を混ぜ、加硫させて結合をさせないといけないんです」。原材料を練り合わせた円柱の固まりを「ゴムプラグ」といい、そのマシュマロのような白っぽい円柱がズラーっと並んでいた。神野さんは一つを手に取って渡してくれた。見た目とは裏腹に、触ってみると消しゴムのような弾力があった。
「ゴムプラグはプレス機で一斉に圧力を加えることによって、球体の形となります。これがいわゆるゴルフボールのコアです」。プレス機からは、バリがついたままのタコ焼きのような球体(コア)が大量に出てきた。神野さんがその一つを地面に落とすと、ゴムボールのようにポーンと弾んだ。「1ピースの場合は、ここにディンプルの跡をつければもうボールになるんですよ」
コアの反発を上げるために、原材料を研究する材料部隊もいる。「常に新しい材料がないか探しています。ボールの重さがルールで決まっている中で、反発を強めるための素材選びは非常に重要なんです」。神野さんたち開発設計部隊は、そうして見つけてきた素材を設計に生かしていく。「我々はどちらかというと料理人の役割。選んできてもらった素材の配分をどうするか、カバーの厚さをどうするのか、そのレシピを考えていきます。3ピースにするとこの組み合わせがさらに増えるので、その分バリエーションも増えていきます」
コアの素材、混ぜる原材料とその配分、さらに層の数や層の厚さ、そして層をまとうディンプルの形状…まさに無数の条件の組み合わせの中から、ゴルファーが求める理想のボールを編み出していくわけだ。「ボールの特徴を決める際に、14本のクラブのことを全部考えないといけません。アプローチではスピンを高めたいですが、ドライバーでは減らす方向で考える。パターでは打感を重視する。いろいろ矛盾するような理屈も多いので、やはり研究のし甲斐がありますね」。プレスされたばかりのコアを手のひらで転がしながら、神野さんはその思いを語ってくれた。
「射出成形」でボールのカバーが2層、3層と
続いて案内されたのは、2ピース以降のボールの層を包むカバーを作る「射出成形(しゃしゅつせいけい)」工程。射出成形とは樹脂を金型に流し込み、冷却して固化させて成形する成形法だ。
機械の中には先ほどプレスされていたコアがあり、その周りに惑星のような「ゲート」がついていた。ゲートには複数の射出ポイントがあり、球体にキレイに樹脂を充填するためにそこから一気に樹脂を流し込むという仕組みだ。「樹脂の温度は200度以上。球体を覆うように充填します。その後冷却。ディンプルの跡がついた型を使っているので、2ピースならここで工程は終わり。3ピースならさらに樹脂を充填。同じ工程を繰り返すことになります」
成形されたボールには「バリ」が発生するが、それを紙やすりのような「バフペーパー」でキレイに磨いていく。研磨されている球体にはディンプルもあり、もうこの時点でゴルフボールの形をしていた。
ちなみに「STAR」に関しては射出成形ではなく、「ちょっと特殊な方法で最後のカバーを成形しています」という。「STAR」のような薄くて柔らかいカバーは射出成形では難しいそうだ。いったいどのようにやっているのかが気になったが、そこは非公開。非公開と聞くとなおさら気になってしまうが、こればっかりは仕方がないか…。
細かい手作業で1球1球検品していく
続けて取材班は工場の階段を上り、2階に案内された。まっさらなボールに対して、ロゴのスタンプ入れや検品が行われる。
スタンプ工程では、「SRIXON」の文字をボールに転写していく。まさに版画の要領。球体への転写は難しそうだが、スポンジのようなゴムパッドが球体になじむように変化する。「新しいボールになっても基本的にはロゴは変わりません。昔は番号が上でスリクソンのロゴが下の時代もありましたが、それももうだいぶ前ですね」。サイドマークはモデルごとに変わる。その矢印などのデザインは選手の意見が大きく反映されるという。
スタンプ、サイドマークが入り、表面にツヤツヤのコーティングが塗られ、いよいよ製品として仕上がってくる。
そして最後の作業、検品だ。ちょうど目の前では「XV」の検査をしているところだった。女性スタッフがボールを1球ずつ手で触り、さらに目視で不良品を弾いていく。「ゴルフボールにキズがないか。マークがキレイに入っているか。細かく見ています」
かなり集中力のいる作業だが、大量のボールが流れてくる中で、担当の女性二人は手際よくさばいていた。「簡単そうに見えて、これ、集中力がないときついです。私だと1時間ももたないです(笑)」。確かに、見ているだけで気の遠くなる作業。検品担当の多くは女性だという。不良品が出る割合は、「きわめて少ない」(神野さん)。
検品が終わったボールは、レールの上を流れていき、次から次へとスリーブに箱詰めされていった。そしてダース箱に入れられ、出荷用の段ボールに詰められる。一般消費者のボールがメインではあるが、松山英樹のボールや渋野日向子のボールもここで一緒に作られているというから、なんだかうれしくなってくる。プロトタイプなどの白い箱に入るボールも、同じようにここから出荷されているそうだ。
工場の稼働は24時間体制。それだけフルで工場を動かしても、「生産が追いつかないんですよ」と神野さんはうれしい悲鳴を漏らす。実際に、工場見学を終えて工場の前に出ると、出荷待ちの段ボールが山積みされていた。ここで生産されたボールは、全国、そして世界に出荷されていくのだった。こうしてボールができる一連の成り立ちを見学すると、ゴルフボールへの愛着が湧いてくるもの。いつも簡単にOBを打ってボールを無くしてしまうから、もっと大事に扱わないとなぁ…としみじみ。
帽子を神野さんに返し、最後に気になる質問をぶつけてみた。
これだけずっとボールを見ていて、球体をイヤになることはないですか?
「今のところ大丈夫ですね。大好きなたこ焼きも、『ボールみたいに均一に丸くないな』と思いながら食べています(笑)」。飛んで止まるボールを目指して日夜開発に勤しむ彼にとっては、どうやら愚問だったようだ。
後編、できたてホヤホヤのボールを打ち比べる「ボールフィッティング」に続く。