“Titleist最強R&D部隊”に聞いたGTドライバー開発舞台裏 「新素材・ポリマーが局面を一変させた」 /大人の社会科見学 in USA #3
タイトリストのものづくりへのこだわりについてはこれまで詳しくお伝えしてきた。今回はより具体的な製品開発の裏側に迫る。昨夏発売されたドライバー「GTシリーズ」は、プロの間で絶大な人気を誇り、契約選手のみならず数多くの契約外選手も使用。国内男子ツアーでも初の使用率No.1を獲得している。今回はその開発の舞台裏を深掘りしていきたい。(第3回/全6回)
「ポリマー」との運命的な出合い
ドライバーの開発には実に多くの部門が関わっている。R&D(Research & Development)というクラブ研究開発部隊を中心に、素材部門、デザイン部門、プロのフィードバックを受けるツアーチームなど、あらゆる人が連携し、オプティマイズ(最適化)しながら開発が進む。多くの部署が絡むとバランスが崩れ、良い製品が生まれにくいのはこれまでの歴史が示しているが、GTシリーズはそうならなかった。
R&Dメタルウッド部門のトップにインタビューをリクエストすると、部屋には一人の女性が現れた。その名はステファニー・ラトレル。「ステフ」の相性で呼ばれる彼女は、ベストスコア「67」というバリバリのアスリートゴルファーだった。GTシリーズ開発に約3年前から携わっているという彼女、机の上に小さな物体を置くと、雄弁に語り始めた。
「GTシリーズで目指した“ターゲット”は開発初期から明確でした。重心は低く、かつ前方に持っていきたい。さらに慣性モーメントも確保したい。その上で最大の狙いが、エアロダイナミクス(空気力学)によってクラブスピードを上げることでした。それにはクラウンをもっと上に上げなければなりませんが、そうすると重心も上がってしまう。重心は下げつつスピードを上げるという矛盾する要素の両立を考えた結果、『クラウンラップ構造』にたどり着きました」
クラウンラップ構造とは、クラウンにチタン以外の素材(主にカーボンなど)を使い、チタンとの複合でヘッドを形成すること。クラウンを軽くすることで余剰重量を生み、他の部分に重量を配分して低重心を実現するアイデアだ。コンポジットヘッドとも呼ばれ、他社では定番だが、タイトリストの歴代「TSR」や「TSi」シリーズではフルチタンで勝負してきた。
もちろんタイトリストも、これまでクラウンラップ構造の研究は重ねていた。そこには二つの壁が常に立ちはだかった。一つは「音」、もう一つは「顔」だ。ユーザーが求める音や打感、アドレス時の見た目が、クラウンラップ構造では実現困難だった。しかし、今回のGTシリーズ開発にあたり、ステファニーらR&Dチームは、そこに敢えて挑戦して新たな活路を見出した。
矛盾した要素を見事に解消する素材が見つかったのだ。それが彼女が机の上に置いた物体だった。「ポリマー」といういわゆるカーボンとも違う素材だ。
「今から数年前、材料部隊が私の前に来て、ポンとこの素材を置いていったんです。『これが我々のフューチャー(未来)だ』って。それまでにもいろんな材料をテストはしていましたが、探している音がどうしても出なかった。試作品を作っても『タイトリストの音はこれじゃない』とずっと言われ続け、その上でようやく見つけた素材だったんです」
ポリマーをクラウンに搭載することで、タイトリストらしいドライバーの音が実現し、音の問題は解消された。しかし「顔」の問題は残っている。
当然、コンポジットなので、素材と素材の間に継ぎ目は生まれる。「ツアー担当レップであるJJが、何回も私に電話してきて、『どうにか継ぎ目を隠せないか』って言うんです。プロトタイプを見たツアープレーヤーが敬遠しているぞって。シームレス化が難しいのは分かっているので、我々も『やってみる』としか言えなかった。でも最終的にその解決策が見つかったんです」
ステファニーはどのような策を施したのか。「結論は、手仕事です。クラシックカーのカスタム修理のようなもので、人間の手作業で継ぎ目を無くしていったんです」。AI全盛時代にアナログ作業とは驚きだが、「多くの人手とコストがかかっても、それが必要だった」と彼女は熱く語る。
実際にGTドライバーを見たことのある人は分かると思うが、アドレスしてもその“継ぎ目”は分からない。言われなければコンポジットとは気づかないクオリティ。
シームレス化に成功したプロトタイプが選手に渡ると、JJからまた電話がかかってきた。「ジョーダン(・スピース)に見せたら、『最高だよ。これはもう俺のドライバーだ』って喜んでいたって言うんです。他のツアープロからの評価も高く、これでイケると確信しました」。開発部隊の努力がプレーヤーの心をつかんだ。
GT1~4のそれぞれの設計がある
GTシリーズに関しては、もう一つ触れておきたいことがある。それは、GT1~4までの4機種でそれぞれの設計が全く異なるということ。
「我々のコンセプトは、例えばGT2に対してはこういう風にデザインしたい、GT1に対してはこうと、4機種それぞれに異なるターゲットがあります。各機種が最大限のパフォーマンスを発揮できるよう、テストを繰り返しました」とGTのヘッドを持ちながら解説を始めた。
「開発にあたっては、TPIから送られてくるプレーヤーのモーションキャプチャー(動作解析)データを検証し、ボールチームと連携しスピン量のトレンドも探ります。何をすれば『GT2』や『GT3』が良くなるか。クラブスピード、ランチアングル(打ち出し角)、スピン量の再現性など様々なチェック項目があり、全てのパラメーター(数値)を少しずつでも改善する設計を目指しました」
今回、「GT3」のウエートポートが前側(フェース側)にあるのも設計意図によるもの。「クラウンラップ構造にしたことで重さを後ろにもたせ、MOIが確保できました。『GT3』を使いたいユーザーでも寛容性はもたせつつ、CGを前に持っていくことができ、ランチアングルとボールスピンを安定させることができました」
とかくMOIが騒がれる時代。ヘッドの寛容性に関しても彼らは当然研究を重ねてきた。「我々のテストだと、どのヘッドも現状のMOIとランチアングル、ボールスピードのバランスがベストだと考えています。ある程度ユーザーの期待に応えることも必要ですが、現時点で“10K”は必要ないと捉えています」
業界では珍しい女性開発者が目指すものは
それにしても、武骨で硬派なイメージのあるタイトリストのドライバー開発責任者が女性だったとは驚いた。彼女はどんな経歴をたどってきたのだろうか。
「ミシガン州立大学ゴルフ部出身。大学では化学と数学を学んでいました。卒業後はエンジニアとしてゴルフ製造に携わり、最初はキャロウェイゴルフに入社。2年半ほどモーションキャプチャーやTPIを学び、その後クリーブランドに転職。スリクソンのクラブ開発に3年半従事し、ドライバーからパターまで幅広く経験しました」
約18年前にタイトリストに転職。当時はR&Dに20人しかいなかったが、現在は70人に増え、ステファニーも含めて女性が5人いる。「この分野に女性は少ないですが、ジェンダーは関係ありません。ベストプレーヤー向けのクラブ作りが重要で、スコアアップに貢献するのは男女一緒です」と胸を張る。
当時、開発チームにいたレジェンド、ダン・ストーン(故人)が、「ダイバーシティ(多様性)は良いアイデアをもってくる」という言葉も彼女の背中を押した。
R&Dにはある一つのフィロソフィー(哲学)がある。
「必ず良くする。後戻りするな。それがタイトリストだ」
これもダンが残した言葉であり、ステファニーがクラブ開発において深く心に刻んでいるものだ。「極めて基本的なことですが、必ず前モデルよりも良くする。アイデアは無数に出し、多くを捨て、最終的に一つ良いものを選ぶ。その繰り返しです」
さらに話を続ける。「ゴルフクラブは多様なエレメント(要素)から成り立っています。どれか一つだけ良くしても効果は限定的。全ての要素を見極め、緻密に作りこむからこそ開発には時間がかかるんです」と深いため息をついた。
ステファニーは一連の話を終え、最後にこう締めくくった。
「ダイヤモンドを作るには時間と圧力が必要なもの。ショートカットはできません。同じように我々のクラブ作りにも、近道はないんです」
(取材・構成/服部謙二郎)