満足しない男・松山英樹と戦い続けて10年/THE PROFESSIONAL Vol.3 神野一也(ボール開発)
ゴルフ業界に数多くある仕事の中には、あまりスポットライトが当たらない専門職もある。業界を陰で支える人たち。そんなプロフェッショナルに光を当て、普段の仕事ぶりを紹介する今企画。第3回は、歴代「Zスターボール」の開発に携わってきた、住友ゴム工業株式会社 スポーツ事業本部 商品開発部 ゴルフボール技術グループ神野一也(かみの・かずや)氏だ。
松山英樹のボールテストはグリーン上から
神野氏は2004年に住友ゴム工業に入社した。配属先はスポーツ事業部のゴルフボール開発。同期入社22人のうち、スポーツ事業部にされたのは神野氏1人だけだった。
「私は大学で専攻が理系だったことで、スポーツ事業部のゴルフボール技術グループに配属されました。スポーツ部門を志望していましたが、ゴルフボール技術に配属されたのは、たまたまというか…運命ですかね」。4年間ボール開発の仕事に従事し、ダンロップゴルフ科学センターの実験グループに異動。クラブフィッティングの機械やソフトの開発にも携わってきた。
2014年4月、神野氏は突如ボールの技術・開発に戻ることになる。このタイミングには理由があった。2014年といえば、松山英樹が前年に日本の賞金王を獲得して米国に主戦場を移した年と符合する。
「ボール開発において松山プロとのコミュニケーションが滞る時期がありました。その担当者として私が任命されたんです」。後にマスターズチャンピオンとなる松山英樹が、世界のゴルフ界に打って出る。まさにその激動期に神野氏は彼の使用ボールの開発を担うことになった。
「ボール技術に戻って最初に松山プロ使用ボールを作ったのが、『Z-STAR XV』5代目でした(現行モデルは9代目)。試作ボールを作ってはアメリカに持って行き、テストをしてもらいました。それでも一発で松山プロに合うものなどはできず、それこそ鬼のように試作品を作っていました」
松山のボールテストは、グリーン上からスタートするという。
「ボール選びの判断基準はドライバーショットからパッティングまでありますけど、松山プロはその一番カギを握るのがパターと考えています。その次にアプローチ。番手が上に行くに従ってクラブの影響力の方が強くなると松山プロは言います。ですから最大の関門であるパターを通過しないことには、次のステップには行けないんです」
ボールのテスト数は1年間でのべ120種
「ザ・メモリアルトーナメント」で初優勝を挙げるなど、PGAツアーで松山が活躍するなかでもテストは進んだ。2015年3月に20種、6月に40種、10月に60種のボールを試験。テストを重ねればスペックは絞り込まれそうなものだが、逆に増えていくのはなぜだろうか。
「実際、絞られてはいるんです。ですが、絞った中でさらに編み目が細かくなっているというか…。ボールの性質を決める項目としては、『カバーの厚み』、『カバーの柔らかさ』、『コア層の厚さ』、『ボール全体の硬さ』、『コアのゴムの柔らかさ』などがあるほか、『ゴムの材料』もあり、そのかけ合わせはそれこそ無限にあります。例えば材料を変えるだけでも、硬さは同じだけど打感や音が微妙に違うボールが作れますからね。性能のマトリックス図を作って、その図表上を縦方向にも横方向にも行けるようにして、松山プロに試作品を渡しているイメージです」と神野氏。ボールの種類が増えるのも当然だ。
それでも最終テスト時、神野氏が60種を松山のもとに持っていくと、「さすがに全部打てないです」と笑われたという。そして「神野さんが一番良いと思うのはどれですか?」と逆質問された。「結局、過去に松山プロの感触が良かったものを中心に、これだと思う10種を自分が選んでパッティングでテストをしてもらいました。すると『やっぱりいいですね』と好感触を得ることができて、最後のテストはその10種で終了しました」
のべ120種類、約2年間をかけてボールをテストするこだわり。まさにプロフェッショナル同士の戦いだ。松山がPGAツアーで研鑽を積む中で、ボールに求める要求もより高度になり、神野氏ら開発チームも正解を探るべく必死の努力を続けている。
松山英樹との戦い…テーマは「重さ」
「松山プロは打感が重い方がいいと言います。重い方が転がりがいいとか単純なものではなく、イメージ通り球が出せるのだと思います。パッティングもアプローチも、ボールに『打感の重さ』が求められている。我々開発陣も、その“重さ”との戦いが至上命題でした」
神野氏が「重さ」にこだわるのも、きっかけがある。松山と歴代使用ボールの話をしていた時に、よく名前が出てくるのが「Z-STAR X」(2009年発売)だという。これは入社直後に配属になったボール技術セクションで、神野氏が開発を手がけていたボール。Z-STARシリーズは09年「Z-STAR」と「Z-STAR X」でスタートし、10年に「Z-STAR」と「―X」、「―XV」の3機種展開に。その後「―X」がなくなり、しばらくして「Z-STAR ◇」が出て、3機種ラインアップに戻った。松山が言及するのは、なくなった「―X」のことだ。
松山がそれだけ言うならばと、神野氏は「―X」のストックを引っ張り出し、ホテルのパターマットで打ってもらったことがあった。その時の松山の反応を神野氏は今でも鮮明に覚えている。「松山プロが『ナニ、これ!』と感嘆の声を上げたんですよ。手応えとしては『ガツン!』と来るようで。実際、ボール自体が古いので10年以上経過したものですから、当然硬くなっていて、打感も重い。でもそこで、『硬くて重い』にヒントがあるなと確信したんです。我々開発チームはこの重さを狙っていかないといけないなと思いました」。神野氏のボール開発の方向性に光が差した瞬間だった。
一つの方向性は決まった。だが、「打感の重さ」とは何か。喜びもつかの間、難しい課題が再び神野氏を悩ませることになる。
そもそもボールの重さは上限値「45.93グラム」とルールで決まっている。それ以上は物理的に重くできない。さらに言えば、「今はだいたい『45.5グラム』ほど」と、そもそもボールに重さは持たせてある。「基本的にボールは重い方が良いんですよ。ボールの質量が軽い方が初速は速くなりますが、すぐ減速しやすい。それに比べ、重いボールはボール速度がなかなか減速しない。例えるとすれば、軽いプラスチックボールを打つのと重めのスーパーボールを打ち比べたら、スーパーボールの方が飛ぶ。そんなイメージです」
打感の重さは硬さとのバランスが重要になる。「インパクトで感じる重さは人それぞれ。同じ硬いボールでも、インパクトでズーンと力が入って『重い』と感じる人もいますし、インパクトの接触時間が短くなるので『軽い』と感じる人もいます。 要は衝撃力と接触時間のどちらの要素をとるかによって、『打感の重い・軽い』の感じ方に違いが出てくるんです。松山プロの場合は、『Z-STAR』は軽くて柔らかい、『―◇』もまだ柔らかいと思っています。使用する『―XV』は、『硬い』、『重い』と思って満足してくれているようですが、まだ重さには改善の余地があると思います」
5代目以降の「音」が変わった
「重さ」と同じぐらい松山が大事にしているファクターがある。インパクトの「音」だ。
「松山プロの要望するインパクト音は言葉で表現すると『乾いて澄んだ』音。それは音の大・小や高・低ではなく、『音の質』だとプロはよく言います。その音の質というのを解明するため、集音室で数種類のボールのインパクト音を測定したんです」。音まで採取するとは、実に手が込んでいる。
「ゼクシオが音にこだわった開発をしているので、そのノウハウを元に音の周波数を計測して解析しました。すると一つだけの音ではなく、いろんな周波数の音が混ざっているのが分かりました。 さらに解析を進めると、松山プロが『この音です』というインパクト音を担保できる『ココだけは絶対に外せない』というボールの構造が判明したんです。その構造を『Z-STAR XV』5代目で実現して以降、現在の9代目に至るまで踏襲しています。今では『音』でNGが出ることは、ほぼなくなってきています」
松山のこだわりを具現化していく中で、神野氏はあることに気づいた。「松山プロ向けに2年間かけて開発してできた『Z-STAR XV』5代目ですが、この5代目以降の『XV』を使う人の中に、インパクト時のしっかりした音が好きだという人がけっこういたんです。松山プロのボールの開発をすることが、他のお客さまのプラス方向につながることがうれしかった。飛距離をうたう『XV』ではありますが、打感や音も守るべき大事な要素だと確信しました。その中で、さらに他の性能面を良くできないかと、色々画策していきたいと思っています」
最後に神野氏はこう付け加えた。
「まだ松山プロは満足していません。『もっといいものができるんじゃないか』と考えているはず。簡単に満足せずいつも的確にボールの評価をしてくれる松山プロは、我々ボール開発チームにとっても貴重な存在です」
プロフェッショナルがプロフェッショナルを生む。松山英樹が世界に打って出るその時期に始まった使用ボールの開発。マスターズチャンピオンとなった今でも、神野氏たちの「よりよいモノ」を作る姿勢は、変わっていないようだ。そして、“簡単に満足しない男”の要望に応えることが、広くゴルファーに刺さるボール開発にもつながっているのだった。(取材・構成/服部謙二郎)